1964年東京オリンピックの聖火リレーを観る私 [日常の戯言]
57年前の私。
買い物籠、割烹着のおばさんに交じって、
口開けて何を観ているか?
聖火ランナーです。
場所は、
横浜市磯子区杉田の国道16号線の聖天橋。
ここも大きく変わりました。
もちろん、私も。
今までを振り返ると、
いい人生でしたというか、
ラッキーでした。
アプローチ、パッティング練習場を開拓。 [ライバルは自分的Golf日記]
家の近くの打ちっ放しが無くなり、
アプローチやパッティングの練習場を探してました。
そして見つけたのがここ。
6ホールあります。
PT, PW, SWだけです。
こんな感じの6ホールを回り放題。
グリーンが見えないホールもあります。
最長で90ヤード。
ここがパッティング練習場。
朝から夕方まで練習できます。
この秋に友人とのコンペがあります。
今までの貸しを取り戻すために、
打つべし、打つべし、打つべし!
中国の友はこれを喰う。 [科特隊アジア大捜査線]
こんなのが、中国工場労働者の飯です。
当地の朋友が送ってきました。
「懐かしいだろう?」と。
美味くはないけれど、
腹が減ってれば、
美味いのは万国共通。
でも、中国飯の問題は、
色味が単調なことです。
黄色、赤色が無いのです。
タイとの違いはここです。
見れなかった、乗れなかったヒコーキ。 [日常の戯言]
コンベア880
DC8
DC8
これらは、図鑑で見ただけでした。
飛行機代が高い時代でした。
あれから、半世紀。
私、数えきれないほど国内外でヒコーキに乗りました。
ジャンボに憧れ、
ジャンボを懐かしく思い、
いろんなことがありました。
でも、一度も事故に遭わず、
よかった。
今日も明日も安全運航!
バンコクで日本人とゴルフ [ライバルは自分的Golf日記]
コロナ前、
私はこの帽子を被って
バンコクの行きつけのゴルフ場でラウンド。
混んでたので、一人の日本人とラウンドすることに。
初めに、
その人が「Good morning!」と言った時、
私は「你好!」と言ってしまった。
それから、その日本人は私を中国人と信じ、
簡単な英語でいろいろコースアドバイスしてくれました。
日本人は、イイ人ですわ、ほんと。
私も、”このコース初めて”のふりして、
グリーン上で「アイヤー」なんて言って盛り上げましたが
18ホール続けるのは辛かった。
これからは日本人と言うつもりです。
こんな寿司、喰えるかよ! [日常の戯言]
喰う気、起きます?
よくまあ、こんなまずいものを陳列したもんだ。
海外からの私の友人には、
こんなものは喰わせません。
Mの娘の結婚祝い [Project M]
いつもの手ぬぐい店。
Mの娘の結婚祝いを見立てます。
手ぬぐいとハンカチと箸を選びます。
で、これが選んだ結果。
6月から復活したEMSで送ります。
この手ぬぐい店で、
これまで中国含む多くの国を捜査する際の「賄賂」を調達してきました。
賄賂は、世界共通語です。
東京外大でHSKを受けた後は、早稲田へ戻ります。 [日常の戯言]
中国語のテストを東京外大で受けました。
初めて来ました。
構内は狭く、これだけ。
まあ、文系単科大学だからこんなもんでしょうか・・
周囲に学生街がありません。
コンビニ一軒だけ。
なので、試験後、昼飯は早稲田へ。
馴染みの弁当屋。
ご主人と女将さんの無事を確認するのも来た理由。
いろいろあるけれど、
私はこれしか頼まない。
お茶を貰って、店内で食べます。
600円。
近くのハンコ屋「秀玉堂」が閉店してたとは。。。
印章屋とか万年筆屋が消え、
SNSの出現で学生街も消えて行くのでしょうか。
街も大学も人が集まらないと。
好悪優劣取り揃え、いろんな人が集まらないと。
そして、3密が必要です。
所詮この世は、人の世なんだから。
Go! 笹生優花 [ライバルは自分的Golf日記]
笹生優花は、
日本語、英語、タガログ語、その他いろいろ話せるそうです。
全米女子オープンで優勝し、
全米オープンの会場に優勝カップを持参して、
デシャンポーと話す笹生。
そして、
笹生は憧れのマキロイと直接話す機会にも恵まれた。
ゴルフは、メンタルなスポーツ。
私もそれを実感してます。
一緒に回る人とコミュニケーションが良好だとスコアもいい調子。
海外で戦う笹生にとって、
その語学力は有用。
優勝スピーチ、マスコミ対応、ファン対応が英語でできると
どんどん周囲の環境が自分に有利になっていく。
それに比べて、男子選手はだめだな~。
言葉がダメなら、
体張って面白いこと表現しろよ~
日本人にとって、中国は・・・ [科特隊アジア大捜査線]
この日、私は朝から生中継を観てました。
NHKの昼のニュースの最後の方で放送されてました。
日本人は、なんとも思わないのでしょうね。
非常に残念!
日本人にとって、
「中国は遅れている国、汚い危ない国」でないと納得しないのです。
でも、大昔は中国の方が進んでいました。
中国から見たら、当時の日本は野蛮にみえたでしょう。
日本の律令制度など中国から輸入したもの。
ここ100年くらいの時間軸で日中関係を見るべきでない。
中国は、広く、人が多い。
それが私の実感。